今日の講話「拳の三訓」

「拳の三訓」とは、少林寺拳法を学ぶ、三つのレベルのことです。はじめのレベルから順番に、「守」「破」「離」といいます。

「守」とは、師の格に至ること。師匠と同じことができるようになる、ということです。わたしは、子供のころにこれを知り、「え?」と思いました。わたしの師は、呉市役所支部の前支部長、H先生ですが、当時すでに四段、五段、その先生と同じことができるようになるのが、最初のレベルだという。そんなことできるの? 正直そう思いました。でも、これが最初のレベルなのです。

「破」とは、師の格を変形すること。師匠から教わった技を、理にかなう範囲で変えてよいということ。私は、呉安浦体育館支部をつくるまえは、福山市で修行をしていました。備後新市道院のN先生という、小柄な先生から手ほどきをうけていました。8年近く教わり、N先生から言われました。「守破離は知っているだろう。いつまでも守ではいかん。どうやったら相手が倒れるか考えて、破の技をしなければ」と。当時、私は五段でした。

考えてみれば、N先生は小柄ですが、私は長身です。体格が違うのに、全く同じように技をかけることは難しいはずです。柔法の投げ技、崩しのひとつ、私の体格に合うやりかたがあるはず。それを考えろということなのだと思っています。私にとって、「守」の期間はそうとう長いもので、それが当たり前になりかけていましたが、いつまでも「守」ではいけないのでした。

「離」とは、師の格から抜け出て、己の格を生み出すこと。残念ながら、わたしはまだ、離の段階には至りません。しかし、実際に離に至っているであろう先生方から、手ほどきを受けることはあります。送小手(投げ技のひとつ)などは、先生によって、掛け方が異なります。ひとりひとり違うといっても過言ではありません。しかし、掛け方がちがうからといって別の技ではない。どれも送小手です。いろんな先生から技を教わると、はじめは混乱するかもしれませんが、とにかく飲みこんでいくうちに、送小手という技の本質が見えてくるものです。だから、支部長だけでなく、たくさんの人から、技を教わってみてほしいと思います。合同練習に参加したり、強化練習に参加したりすることは、そのよい機会になりますよ。

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